「自分はちょっと人に頼りすぎていた。」という話


自分は理論の世界の人間ではなく、
実践の世界の人間なんだと、ふと思いました。
けれど実践のみではあまりに脆弱なので、
理論で武装することも大事なんだと思ったわけです。
理論という名の骨と、実践という筋肉と、勘という腱を以って、
僕はこれからやっていくんじゃないかと思うんですね。
なんていうか、これまで弱い骨を筋肉と腱だけで
自分を支えてきたような気がするんですね。
作品を作る分にはちゃんとからだとして出来上がっていたから良かったものの、
やっぱり弱いかなと最近思うようになりました。


それというのも、こっちにきて理論的な文章ばかりを書かされていて、
それがどうも癖になっていくのを日に日に実感していて。


といっても、文章全体の構造の話なんですが。


で、この理論武装は知ってるだけではだめで。
っていうことは知っていたんですが、やっぱり身にはつきにくいものでした。
なんというか、ホント、口先だけの付け焼刃でしかなかったんだなと。
しきりに反省しているところです。
今朝、友達からメールが来て、すごくうれしかったので、
あんまりダラダラしてはいられないなと、思った次第です。

ひどい別れと「逆数現象」


いままでちょっと、いろんな人に頼りすぎていて、
そのちょっとした一行、一句で、自信を失くしていたのでした。


最近一番つらかったのは、友達とのメールでのやり取りで、そこにはまあ、いろいろ書いてあって。
自分が相手にしてきたことのすべての価値をひっくり返すような勢いで書いてあったものだから、
本当に悲しかったです。
もちろん、僕もそれを加速させるような勢いで返事を書いてしまったので、
余計にひどい訣別となったように思います。
いわゆる、後腐れだけが残った状態でした。


そこで気づいたんですけども。


過去での「ほんとう」は今でもほんとうなんだけど、
そのメールのやり取りを通じて、
「ほんとう」の信頼性は過去の出来事をカッコでくくって(思いがけずダジャレ)、
逆数にした感じになってしまいました。
ちなみに2の逆数は1/2で、20の逆数は1/20です。


つまり「ほんとう」の量が多ければ多いほど、
「ほんとう」の量は逆数の分しか残っていないように感じます。


決してこの「ほんとう」は「嘘」にはならないのだけれど、
ひどい別れ方をすると、こういう逆数現象が起こります。
不思議なもんです。


人を信じれば信じるほど、「ほんとう」は増えていきます。
頼れば頼るほど、どんどん増えていきます。


あんまり、この逆数現象が起こらないような、別れ方をしたいものです。