演劇は裁きの場へ。

Called to Account
〜The indictment of Anthony Charles Lynton Blair for the crime of aggression against Iraq -a hearing-〜


Edited by Richard Norton-Taylor
at Tricycle Theatre
30 May 2007
£11


キンダイシュラン<★★★☆☆>


今日、ちょっと特殊な芝居を見てきました。
舞台となる場所はThe International Criminal Court(国際刑事裁判所)です。
実際にあります。


まずは劇場の感じとあらすじを。

Tricycle Theatre(和訳すると「三輪車劇場」)は
ロンドンでは有名な政治的な演劇を上演する場所として知られているようです。
場所はKilburn(キルバーン)という地区で、
地下鉄Jubilee線でベーカーストリートから北へさらに5つ目の駅です。
静かな地区ですが多少移民が多いような印象もありました。
キルバーンの大通りを10分ほど歩くと、この三輪車劇場が現れます。
席数は1ステージにつき150人程度の小さな劇場です。
今回の芝居は新聞でも大きく取り上げられたこともあって、
4月の終わり頃から始まってもなお満員でした。


客席に向かってコの字に開かれた会議机の両側に検察官と弁護人、中央に証人が招かれ、
そこでイラク戦争が起こるまでの状況とブレア首相のやったことを次々と暴いて行きます。


罪状は‘the crime of aggression against Iraq’
日本語で訳すと、「イラクに対する侵略犯罪」とでもいうんでしょうか。
検察側は、議会や国民に対して事実を捻じ曲げたうえでイラク戦争に突入したものとして、
ブレア首相を起訴します。
逆に弁護側は、この起訴において確かな(hard)な証拠がない限りはブレア首相個人を裁けないとして、
ブレア首相を弁護します。
呼ばれた証人は11人。すべて実在の人物でした。


面白いのは、
この芝居が実在の人物とのインタビューをもとに作られた、
ドキュメンタリー芝居だということです。
証人役は実在の人物を俳優が演じるものの、
その脚本はインタビューで話されたそのままを書きおこしたものでした。
しかも検察側弁護人側の人物も実際の大学教授やBarristerと呼ばれる弁護士がやったものを、
俳優が演じています。


この芝居の基礎になったすべてのインタビューは2007年の1月終わりごろから2月にかけて行われて、
28時間を超すインタビューを15人から得て、それを脚本に書き直したものだそうです。
なので、今回の芝居は作家はインタビューをした証人と、
弁護・検察役をすることになる大学教授や弁護士たちであって、
脚本を書いたノートンテイラー氏は‘Editor’としてクレジットには書いてあります。



もうすごかったです。
リアリティというものはこれかと思うほど。
もう何回も何回も繰り返しているだろう台詞を、たった一回しか見に来ないお客さんと同じように、
たった今、はじめて話すようにして喋る俳優の力量って、
一体何がどうなってんだか、本当に、よくわかりませんでした。

たぶん、英語が母国語であるような人にとってはそれでもどこか芝居っぽいものを感じるかもしれないけれど、
外人さんの顔つきや言葉の使い方を現実の生活ですら、まるで映画や芝居を見ているように感じている僕からすれば、
その舞台の上で行われている裁判は、本当に、いま、ここで、実際に行われている裁判でした。


ドキュメンタリー映画を見るとき、それはすでに起こったものとして見るけれど、
今回の芝居はリアルタイムで行われていく証人尋問でした。
証人が入ってきて、検察側と弁護側の尋問が繰り返され、
それに対して証人たちは、時にリラックスしながら、びくつきながら、慌てながら、
時には
「その質問は一体どこの資料の話をしてるんだ?」と聞いて、
「あ、54ページです、わかりますか、あ、そうですそこ。」
「ああ、はいはい。なるほどね」という会話を通じて
イラク戦争へ突入するまでのブレア首相の考え方や、
イラクで実際に起きたこと、
サダム・フセインブッシュ政権アメリカの関係のことを、
ドキュメンタリー映画よりももっとあからさまに、暴いていきます。


裁判官は観客たちです。
客席のライトが明るくなり、
検察官と弁護人の最終弁論は観客に向けて行われます。
最終弁論を終えた二人は帰り、
四方に掲げてある液晶モニターにブレア首相の笑顔のアップが映し出されます。


カーテンコールもないまま、観客はその場で放置されます。
観客たちは拍手をしていいものか考え、
今目の前で行われた証人尋問について話したくなる気持ちを抱えたまま、
まずはぎこちない拍手を送り、
客は席を立ち始めます。

この芝居が語りかけてくるもの

この芝居にカタルシスや教化や何かそういったものを求めるのは間違っています。
華氏911のようなゴリゴリの主張もなく、
ただ、淡々と証人尋問が行われ、観客はそれについて深く考えます。
イラク戦争について、ブレア首相について、アメリカについて。
国際連合安全保障理事会について。


こういうものを芝居と呼んだものか、ちょっと考えてしまいました。
でも、舞台があって、人がそこで喋り、観客がそれを見ている以上、それはきっと芝居です。


リアルとか、ノンフィクションとか、ドキュメンタリーとか
いろいろこの記事にも書いたけど、
もしかしたらそういうものを越えた、あるいはそこに共通する、
何かが、今回見た芝居にはあるように思います。


ちなみに、この脚本を書いたリチャード・ノートン=テイラー氏は
イギリスのガーディアン紙の安全保障担当の編集者で、
BBCで定期的に記事を書いている、バリバリのジャーナリストです。
オリビエ賞を取った政治劇の作家でもあるのだけど、
こんなにも淡々としかも生き生きと描ききった才能はすごいものだと思いました。


ジャーナリズムとクリティシズムの葛藤が
この芝居を支えているように思います。
すんばらしくイギリスっぽいです。


政治が好きな人は5つ星を。
エンターテイメントを求める人は無星を付けるでしょう。
なので、星三つ。