「セツアンの善人/セチュアンの善き魂」を見てきた。


Good Soul of Szechuan
by Bertolt Brecht
at Young Vic Theatre

キンダイシュラン《★★★★☆》


ブレヒトのセツアンの善人を見てきました。
場所はヤングヴィック・シアター。
野田秀樹さんの赤鬼をはじめてロンドンでやったときの会場です。
劇場に入るとちょっとへんだなと思ったら、自分が舞台の上に乗っていることに気付きます。
目の前の観客席にすでにいる人たちをみながら、舞台を降りて、席に着きます。
次から次へとやってくるお客さんの、びっくりするかおを席で見ていると、
「なるほど、観客をうまいこと表現者と一緒にしているぞい」と感心しました。

個人的にいうと、これまで訪れたブレヒト劇で、一睡もせずに見れたのはこの芝居だけです。


話の舞台は、中国のとある町、セツアン。(四川省のことだそうです)
そこに三人の神様がやってきて、通りがかりの水売りに、この町に泊まるところはあるかと聞きます。
町中聞いても誰も泊めてくれず、最後に残ったお水のシェンテを水売りは紹介します。
シェンテこそ、この町でいちばんの善人。
三人の神はシェンテのもてなしに喜んで、お礼にとお金を渡します。
シェンテはそれを資金にタバコ屋を開きますが、そのとたん町で困っている人たちが次から次へとやってきて、タバコ屋をヘロイン屋に変えてしまいます。


と、シェンテのいとこだと名乗るシュイタがやってきて、タバコ屋に居座る連中を追い出してシェンテを守ろうとします。
シェンテのいるところにシュイタは現れず、その逆もしかり。
人の頼みを許すシェンテと、それを断るシュイタ。

やがて善き人だったシェンテの姿が消え、嫌われ者シュイタだけになり、
セツアンの住人たちはシュイタを疑います。


シェンテはどこへ行った?


もしかしたらよくある話かもしれませんが、
ブレヒトの道徳観のよく出ている話だと思います。


中国の工場のような、ベニヤ板丸出しの壁に、中国語で書かれたいろいろな看板
その舞台にイギリス人が乗っかり(もちろん、インド系、アフリカ系もふくめて)
けれどまったくアジア系はおらず
ある意味世界を作り出しているようには見えました。
やっぱり、話の舞台は中国でも、そこに中国人をだすのはきっと演出家のイメージではなかったのでしょう。
これはいわば、ヨーロッパを舞台に日本語を話す人たちがオデッサだのベルファストだの言うのと同じ感じなのかもしれません。


休憩中に流れた
テレサ・テンのグッバイ マイ ラブが面白かったです。


いいことをしている人が人の欲のためにその身を投じて、
さらにつけあがる人々と、
その反動でやってくるいとこのシュイタ、
芝居全体を通じて一気に発せられる
「どうしてあたし、こんなによくしてるでしょう!?!」という叫びは胸を打つ台詞でした。


しりあいで、こういうシェンテの心境に自分を重ねる人がいましたが、
それはちょっと違うだろうと思いました。


しかしね、シュイタだって実はいい人ですよ。
嫌われたからって、悪いわけじゃなくて。
というか、
いい人悪い人でものを考えるっていうのは、もう終わりに来てるだろうって、
たぶんブレヒトはいってるんだと思います。
彼のいた東ドイツで、こういうのやってたんだなぁ。
ちょっとうらやましいような気がします。
でも、もちろんブレヒト以外の演劇だって見たいとおもうだろうなあ


いつかオペラを通じて知り合った方が、
東ドイツ出身者のすぐれた才能についてうかがったことがありました。
いったい何があったんでしょう。またちょっと、気になりました。







Translation
David Harrower
Direction
Richard Jones
Set
Miriam Buether
Costume
Nicky Gillibrand
Light
Paule Constable
Music
David Sawer
Casting
Julia Horan CDG

Cast:

Steven Beard
Linda Dobell
Gareth Farr
Adam Gillen
Shiv Grewal
Jane Horrocks
Merveille Lukeba
John Marquez
Sam O'Mahony-Adams
David Osmond
Susan Porrett
Sophie Russell
Liza Sadovy
Tom Silburn
Michelle Wade